(OB近況) 丸谷一也(1985年卒)〜 英語は手段、Worldwideな視野を持ち英語以外でもExpertiseを追い、結果20年以上の海外生活に・・!

<最初の一歩 外大編> ~第1章
小学生の後半に父親が買ってくれた英語教材がきっかけで、外大に行き、就職してから出向で20年以上の現地駐在を経験することになるとは夢にも思わなかったと言うのが正直なところです!

◉頻繁に英語に接することが出来る大学生活を送るには?と考えた時、ESSが目に飛び込んだのが、最初の一歩。
Recitation contest から始まったESS生活、ディスカッションセクションに属しながらディベートにも参加し、ESS
センター文字S=Studyingの実践を心掛けました。 世の中の様々な問題・課題を抽出し、その解決策提案等を
するESSでのディスカッション・ディベートが好きで、様々な角度から突込み、必要な情報を取捨選択、説得方法を
纏め上げる・・これはほんとに面白かったです!

(左)ジョイント・ディスカッション
(右)P.M.Kelleyの『異文化コミュニケーション』も大いに役立ちました。別クラスですが『貿易実務クラス』も入社後、即使えました。

◉皆さんも普通に経験されたと思いますが、海外に出ない・出ていない分、少しでもネイティブに近づくべく、スタンフォードやハーバード、ペンシルベニアなどのディベート“テープ”(当時は)・・(笑)を聞きまくり、発音や聞く力、話し方の流暢さ、脳内ロジカル強化も試みました。 松本道弘のディベート本も好き、洋楽分野で好きだったQUEEN (此間、梅田での50周年展示会に行きましたが・・)や他の英語音楽を一緒に歌ったり、アメリカンJOKE本でJOKEを覚え、会話がし易くなる努力をしたりしたことを懐かしく思い出します。 特に、小林克也の発音マネは好きでした(笑)。

◉もちろん、海外留学で生の英語や文化に触れる選択肢もありましたが、下記お言葉から、人との接し方や組織リード
の仕方などを学び、世の酸いも甘いも嚙み分けれる素地磨きをしたいなと思い、クラブ活動(後に文化会本部に入る
ことにもなりましたが・・)に専念することにしました。 コミッティーでの渉外担当経験も役立ちました。

1985年卒業メンバー

中村顧問との種々の交流の中で
『お前らな、ここが全てやないで!英語・語学は飽くまで手段!社会人になる前に色々な視野を広げる活動せなあかんで!先輩も国内外の色々な分野で活躍してるからな!』と鼓舞されたことが、学生生活での上記決断やその後の人生にも大きく影響していくことになりました。

<社会人仲間入り。学生時代の夢・・海外(英語圏)へ出・・が現実に!> ~第2章
先輩のお力添えももらい、当時『目の付けどころが・・・でしょ』のフレーズで有名でした関西の大手家電メーカーの海外事業本部に入社出来ました。 幸運にも入社4年目で米国ニュージャージ州にある販売会社 出向のお声が掛かる!

◉JKF空港に到着!NY・マンハッタン摩天楼を飛行機から初めて見たときは感動もの! 約7年半に渡るアメリカ生活
が始まりました!
 

(左)Twinのワールドトレードセンター (右)一例ですが、これぞアメリカ!って感じ。想像はしていましたが、実際目の当たりにすると何もかもデカイ!(笑)でした。

◉何より驚いたのは、本場のネイティブ英語。 何て言ってんだか・・半分しか分からん???・・大学での努力も
虚しく、自己嫌悪になりそうになったことを思い出します。 しかしそこは若さ!攻略を目指して、毎日の車通勤で
ラジオ放送のニュース聞きまくりとナゾリまくり・繰り返し、リエゾンやスラングにも慣れて、聞き取り力は格段に向上。
◉日本未浸透の出産への立会い、ラマーズ(呼吸)法習得、誕生・隣近所のパーティー参加など、現地文化を大いに
楽しみました。 ある夏の暑い日、マンハッタン出店のインド人小雑貨店に寄った時 『トラスティ?トラスティ?』って
発音で聞くので『信用できる?』と聞いてるの?って最初は思ったのですが、何か様子が違い、直観的に『Thirsty?』
のことかと気付きました。 これも聞き分けないと住めないんだ・・流石、人種のるつぼ・・・と感じる面白い経験でした。
◉私生活の話は少し置いて・・・ 会社の抱える問題・課題や目標を 『問題・課題』『ハーム』『解決案』『適用メリット』
など、所謂、ディスカッションやディベートをベースにした論法・・・を本場アメリカでの会社での様々な局面で試して
みることは醍醐味でもあり、通用した時は圧巻でした。 英語での発言は(冷汗もん)でしたが。
◉当時からあった米国家電流通内Amazon、COSTCO(コストコ)などの多数のバイヤーとも取引し、販社経営に必要
なPLやバランスシート知識も強化、出向後半は家電本部長補佐として販社収益改善や新たなCPFR
(Collaborative Planning Forecasting Replenishment)システムの導入で力を発揮出来ました。
今でもメーカーと卸・他流通間で使用されています。

<予想しなかった欧州・パリ販社への7年半の出向!世界視野・経験拡大> ~第3章

勝手に、米国販社での成果が評価されたのではと思っていますが、帰国3年弱で、全商品営業企画担当副社長としてパリに行って大幅赤字を改善してくれ!とお声が掛かりました。収益改善は『Mission Impossible』か?とも思うほどでしたが、敢えて、自己研鑽もあり、香港販社への出向同時お誘いを蹴り、芸術の都パリを選んでしまいました。

◉到着後、直ぐにマクドナルド(in Paris)訪問。少しは英語通じるか・・と思っていましたが、これが全く通用せず。と言う
か、英語をある程度理解した返事でしたが、帰ってくる返事がフランス語!・・・聞いてはいたが、何それ?でした。
◉社内仏セールスマンとの会話・・話の途中で重要質問をすると、兎に角、ペラペラと要・不要なことを喋りまくり、
ポイント脱線しまくり!これは堪らん!と息と思考が途切れるまで耐えて聞き、ところで最初に質問した点の答えは?
と聞く始末。 学び少ない仏異文化コミュニケーションでしたので、若干苦労しましたが・・今となっては(笑)・・・
大いに応用できる経験になりました。
◉7年半かかりましたが、しっかり組み立てた理論的詰めと対応方法で赤字はほぼゼロまで大幅改善。
『Nothing is impossible!』だと確信に繋がり、また、欧州でもディスカッションやディベート理論は使えると実感。

<販社副社長(部門責任者)として5年半、再び米国ニュージャージ販社へ! しかし、大変な逆風も経験することに・・・> ~第4章
 

(左) 再建されたワールドトレードセンター
(右) 写真は『80インチ』ですが、市場では『90インチ』まで販売!90インチはデカくて、売り甲斐有りました!(笑)

◉今は普通に家庭にある液晶テレビですが、アメリカでさえまだまだ普及途上にあった中、何でも大きいアメリカに持って
こいの大画面 液晶テレビ導入・拡販ミッションを携えての再びのアメリカ入りとなりました!
◉当時の本社社長の『日本の空洞化は何としても防がなければならない』・・・と言う強い思いの結果として、国内
生産の可能性を追求した考え方・日本国内産業の自立を目指した視野には感動を覚えました。

米国流通 『TWICE誌』 サンタモニカの顧客と。

<米国ニュージャージ州から中国上海販社へ横跳び!そして新たなフェーズへ>~第5章
長い海外販社経験を買われた思われ、中国上海の販社副社長として、米国→中国上海へ横跳びとなる。 しかし、苦い思いをすることにもなりました。写真は過去、メディアで見られたことあるものでS社社長はアメリカでご一緒した方でした。

当時、メディアで色々取り上げられましたが、台湾EMS企業からの出資を受けることになり氷河期へ。 赴任先の中国でテリー・ゴウさんに直接会って話しを聞いたことありますが、本来の起業・企業精神から離れた経営スタイルで、脈々と培われて来たものが壊れるのを見ておれず、私は別の世界・業界への新たなチャレンジをすることに舵を切りました。

<新天地でも、第5章までで培った経験と理論思考は通用した> ~第6章

M&Aで成長した永守氏率いる京都本社の企業の1社、家電モーターを中心に扱う会社へ!
『一番以外は全てビリ!』 5Sではなく 『3Q6S習慣徹底』と強烈な経営手法で日本企業としては少し特異な経営観でしたが、ここでも論理思考や経験で培った経営面でのExpertiseは通用し、更に、ESS・文化会時代に培った忍耐力が大いに役立ちました。 
ビジネス域は欧米軸から中国・東南アジア軸へ移りましたが、海外経験を大いに活用出来ました。

その後、個人的事情もあって短期でしたが、線虫による癌第1フェーズリスクを見出す医療分野ベンチャー事業も経験。
<最後に・・・>
国内外問わず、世に通じるレベルに成長出来たのは、関西外大・ESSのお陰であったと今でも感じます。
◉今やAI時代に入り自動翻訳の世界も既に現実化、英語(外国語)習得は飽くまで手段・・が更に進み、関わりた
いと思う業界の知識を貪欲に追い、1歩ずつでもExpertise→Professionalを追求することと、夢の着実実行が、
過去にもまして必要になっていると感じます。 私の場合、世代柄、幸運にも経営・事業企画分野でのExpertise
(Professional)習得が奏功した感はあります。
◉定年退職後は、一息つくために『家に帰れば・・・ハウス』の企業で嘱託として働いていますが、やはり染みついた海外分野から気持ちが抜けきらず、並行して貿易アドバイザー資格取得や再び盛り上がると信じている欧米市場での経験が生かせるコンサル的な仕事をまだまだ追いかけています。 欧米市場での日本Bizの再活性化は重要だと思います。
◉世界での日本の位置づけは過去から比べるとやはり厳しくなっており、特に海外を見てきた、海外から日本を見てきたものとして客観的に危機を感じます。 斯様な時代において、定年したとは言え、これから!と言う皆さんやお子さん世代以降も誇れる日本・時代作りに少しでも力になれれば・・と思っており、長期に渡り海外事業を経験した半現役の役割ででも、何かお手伝い出来る機会があれば、是非お声がけ頂ければと思います!
☆好きな言葉☆
『夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。
故に、夢なき者に成功なし。』 (吉田松陰)